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話し終えていないカーテン
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去年からずっとやっている練習1、
去年末からの語学の勉強は練習2、
文字の練習は練習3と呼んでいる
今日の練習3は自分の書いた文章を好きなフォントでプリントしてそれに倣って書く

“いつかあなたが孤独の中に居るとき、
 すけのすけはきっと 側に居る
 何もしない、ただ居るだけ
 あなたは気づかない

 でもあなたのこころは何故かほんのすこし
 あたたかになる

 それだけでうれしい
 すけのすけも
 わたしも”

これは『すきとおりすけのすけ』作者のことばの一部だった
何故この部分を今日書いたのだろうか、と思う
明日は、以前住んでた部屋の上に
住んでいる友達の猫の
一周忌なのだった
猫のことを思い友達とやりとりしていたら、たまたまこの部分を書いた
ああ、猫はきっと、このすけのすけのように、友達の近くに居るんだね
そう思って友達に伝えた きっと猫が伝えてとわたしに言ったんだろか

わたしの側にもいつも、すけのすけのように側に居る音楽がある 気づいてる いつだって間に合ってる なんなら、先回りしてる
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白く乾いたススキが 風に揺れ 宙にはたきをかけている なんとなく年末感を感じていた最近だけど 旧暦では年末だった
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去年、大きな台風が2回あった後あたりから
あるとき気づいたら日々のゴミが少なくなっていた
「環境のことを考えてゴミを減らそう」とかは思わずに
気づいたらそうなっていた

たぶん本能でそうしていたのだと思う
そしてそれが問題意識や使命感でゴミを減らすより
なんとなくまっとうな気がする 宇宙に存在する生き物として

ときどき必要にせまられて「私は宇宙に貢献している」と言う時があるけれど
(本当はそんなこと言葉にして言いたくなんてないけれど)
馬鹿にしたように笑い飛ばされるだけだ

でもね
きっとね
同じような人どこかにいると思うんだ
宇宙レベルで生きている人(こういう言い方もあんまりよくないね)
(だってほんとは意識しようがしまいが、かけがえのない存在なのにね、みな等しく)

地震の前などに、異変を察知して、独特の体調になるのだけれど、
きっと太古の人類や、哺乳類は(哺乳類以外の生命も)
そういうの普通にある感覚だったんだよね
現代では、有ると、きついなあ
自分では普通だけど
(いつかどこかの国で地震を察知して丘に登った象と同じだと思うとうれしい)

でもそういう自分には
いろいろなしくみが、足す、足す、方向ばかりで
それでは何も、ただ人間があらがえないものへのあらがえなさを
助長するだけで、あらがえないものへの畏敬の念がどんどん失われていって
本当に消滅するしかない方向へ向かっているようにしか 見えない 思えない 人間は

最近はとくに 突然思いついて、こつこつと何かを続けることをしているのだけれど 
きっと宇宙が教えてくれているのだし、そうやって生きている人とも
うなずきあえる日が来るような 気がしている

なんだか 静かだな



 
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“しあわせものに きみのかなしみはわからない”
という『小さなリンジー』に歌われるフレーズが
すけのすけのに言ってくれてるみたいで
こころがきゅうっとなる

 

 
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昨日もらった食パンがたたずむ
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昨日の赤い月
「おお、月 赤いね」
「おお、つき あかいね」
「おお、つき あか ね」
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真白い紙に躊躇なく何かを描き出すことはわたしには難しい 真白いままが美しいと思うから 昨日見た椅子は自分の身に穴を空け光が床に差し星を瞬かせていた あのように世界に対して謙虚で在りたい

最近正統派の達筆になろうと思って字の練習を続けている 文字は人間の創り出した道具ではあるけれど 星をしるべに航海をするような気持ちで書くことはできる 自分の内次第で
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プカもプカもめ編成
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