実家から運び出した荷物を片付けていたら、
小学生のとき「初めてつくった針金の人」が出てきた
この頃の、まだ行き当たりばったりの造り方が初々しい

ここから、大学生の頃のインスタレーション(1993年写真4、5枚目)、
その後、絵本『あ』(2004年)になる頃までに紆余曲折を経て、
針金の人の「造り方/構造」は完成されていった
およそ20年かけて針金の人は完成した

美大受験の予備校では、
私はクロッキーがいちばん好きだった
人が「在る」空気感を把握して最小限の線や面で描くことが得意で
それが、線だけの針金の人が「居る」空気感をつくることへと活かされている

「その人には世界がどう見えているのか」
というのは、その人が創ったものに
如実にあらわれてしまう、と思う
私は「在る」を感じているのだろう

それは
「微細に描きこむこと」と
「最小限の要素で描くこと」のように、
一見した手数だけで、単純に分けられるものでもない

『透明な目の野生動物』の鉛筆画でも
私は1本1本の狼の毛が「在る」ように描いている
それは、多くの写実的な絵とも、写真とも別の、迫力を生む
『透明な目の野生動物』の妙な圧倒的な感じは、そこにあるのだと思う

そしてそれは、誰でも描けるような線の人を描くときにも同じなのだった



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2026年08月06日
わたしは今、すごいことに気づきました

拙著絵本『あ』の
「あ」という1文字の言葉は
「世界はすばらしい」って言っているということに
「この世界はすばらしい、それに感謝する」ということと同義なのです

「あ」の1文字の中に「出会いのおどろきやよろこび」があって でも
「もっとスケールの大きなものも、その中に在る」ということは
今までも、感覚的に、漠然とは、わかっていたけれど
今さら、くっきりと気がつきました

それこそが、
『あ』以降に追随して出てきた、
形だけをなぞっただけのものとは、
一線を画すところなのだな…… と

気づいたきっかけは、
言語表現について友人に相談していたときのこと

「すばらしい」とか「すてき」とか
英語の翻訳アプリでは「wonderful」と出てくる
でも私の中の、すばらしいやすてきは、beautifulに近い感じで
「すてき、すばらしい、美しい」を包括したようなイメージがする
それをどう言ったらいいのかな、と

そこで気づいたのは
どの言語においても私は
誰かに「ありがとう」と言うときの
その「ありがとう」は
自分の中では「世界は美しい」と同義というか
「『ありがとう』と言いながら『世界は美しい』と同時に言っている」感じで
それは言っている相手へと同時に、
「この世界は美しい、それに感謝」と、
全方向へ向けて放っている感じなのだということ

自分の中のその、言葉におさまりきらない感覚を確かめていくうちに、
絵本『あ』の、一文字の中にも、同じような
「この世界は美しい、それに感謝する」
が在る、と 気づいたのです

『あ』の制作当時、
中身はできあがって、
さあタイトルは?、となり
じっと10分くらい思いめぐらせたのち
1点を射るようにして
「『あ』です」と自分の口から出てきた瞬間の
まぶしくて、でも静かな確信のようなものをたたえた、
しん、とした空気が 鮮明によみがえります

2026年08月06日追記:
そんな思考をつらつらと綴っていた自分へ、友人が
(すてき、すばらしい、美しい、の包括について)
「lovelyがいいと思う!」と提案してくれて
つい小沢健二さんが浮かんでしまった

思えば自分のこの感覚は
大学4年生(1996年)の頃に
遅ればせながら小沢健二さんのすばらしさに気づき、
それまで世の中に対して「ケっ」と思っていた自分だったのに
新しい自分が生まれたように、世界がキラキラして見えてきたのです
つまり小沢さんは「今の大槻あかねが生まれ出た生みの親」のようなものなのでした

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#絵本
#福音館書店
#picturebook
#akaneotsuki
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2026.08.06.
わたしは今 すごいことに気づきました

拙著絵本『あ』の
「あ」という1文字の言葉は
「世界はすばらしい」ってことなのだということに
「この世界はすばらしい、それに感謝する」ということと同義なのです

1文字の中に「出会いの驚きやよろこび」があって でも
もっとスケールの大きなものもあったということに
今さら気がつきました
感覚的にはわかっていたけれど

これが他の「⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎あ」とか
『あ』以降頻発した1文字タイトルのものとか
形だけをなぞったものとは、一線を画すところなのだと

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29.07.2026.

夕方、父に電話する
どうですか、と聞く
ああ、本読んでた、と言う
毎日の電話と、変わらないやりとり

「昨日、大丈夫だった?覚えてる?」
「ああ、なんも覚えてねえ わからね」
「そうだよね ではでは ごゆっくり」
と切って 数分後に父から電話がきた

「空を見てごらん 月がきれいだよ」と
「え、どっちのほう?」 「南のほう」
「あっ ほんとだ!満月だ 写真撮る」

父とは多様な場面を過ごしてきたが、行き詰まると
いつもどこかしら眺めのよいところを見つけて
果てしない空や景色を見て、穏やかに話した

認知症の父に現状を話すことはもうずいぶん前にやめた
それは、やるせない自分の味方でいてほしいという、己の利己的な衝動でしかなく、
もちろん父は私へ理解を示してくれるが、同時に親として心深く傷ついていると、わかるからだ
そのような負担は、もうかけたくない

父を利己的なことに利用したりすることなく、
それぞれにしかできないことで補い合いながら、
父の心身が穏やかでいられることを願っています
それが、母が最も望んだことです

#fratellosolesorellaluna

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01.08.2026

からだがとても熱くて
ぞわぞわ寒気もしてる
ねつ 出てた
熱中症かな
ぜい ぜい

今日の漫遊でスピッツの新曲流れるとか
とたんに目がひらき映るきらめき
窓は涼やかな上映会

ほんとうにこころ動かされるものをたいせつにしたい
時間と身体は限りあるのだから

#輝く何かを追いかける
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