ほとんど木のないところに住んでいるので、 焦がれていた、木々の中をひさしぶりに歩いた すぅ っと空気が澄んで、身体の疲れが抜けていく なんという恵みなのだろうか 帰ってまず、植物のあるベランダを掃除した 土も、水も、お日さまも、ひとつ つながっている 衝動に駆られてやったそれは どこかお礼参りのようだった ありがとう いただいたものを私もどこか誰かへ届けられますように
昨日のくまの人形について noteには書いたけれど、 ここにも追記 — たたずまいが何かうったえかけてくる 自分で選んだ物は、自分に必要な何かがあるんだなと、 自分で選んではいない物でいっぱいの段ボールに囲まれた生活の中で思った —
5月某日 ひさしぶりに聴いた友達の音楽 すぅっとこころが澄んで 思わず空を見上げる 鳥になる 風を感じる どこかの木のさざめきも ああ、音はその人 声はその人だ どうしてるだろう あの空気を運んでくれる音楽は 時空を超えたお手紙だ 6月某日 今、自分の資料作成作業をしていて、ふとYoutube経由で 今は訪問看護をしているその人の、スタッフ紹介ページを読んだ なんと、ミュージシャンの頃と変わらぬ、おおらかできめ細やかな姿勢 あの頃から大切にしていた、変わらぬ「響き合う」という言葉 その人が面してきたケアの場面の描写が 自分が親のくるしそうだった最期に接したり、 壮絶な介護を経験した今なら近しく感じる 涙が出た あえて厳しく困難へと突き進んで行くその姿勢は、やはり やわらかに広がる心の豊かさへと至りつながってゆくのだと また、教えてくれた 15年を経て、その生きざまからも 音楽と等しく 写真は、収穫しないうちに花が咲いた春菊と、長い間しまってあってので手放そうと思ってできなかった人形