先日、ある方への手紙を書いていて思い出した、
2011年に京都の仙洞御所を訪ねたときを書いたものです。


2011.07.16 「まるすぎやしないか?」

仙洞御所の州浜には ぺったりとまあるい石が敷きつめられていた
ききんのとき 石1つと米一升を交換する約束で 石を集めさせたのだそう

それだけでも ずいぶん粋なはからいだけれど
集めさせた石が、このなんとも愛嬌のあるかたち というところがすてきだ

人びとがいっしょうけんめい
「なあ、これどうだろう」
「まるすぎやしないか?」
「じゃあこれは?」
「そりゃぺたんこすぎだよ」
などと言いながら川原だか海だかをさがしていたのかと想像すると
なんだかほほえましい

そうでなくて、もっとせっぱつまって必死の形相なのだったとしたら
この愛らしいマヌケなかたちとのギャップが こっけいで
それはそれで おかしみがある

いつの世にもたいへんなことはあって
人びとをすくうすべを、考える人たちがいた

手をさしのべる、問題を解決する
それだけでも、もう ずいぶんなことだけど
そこにユーモアのエッセンスがふりかかっていたら
人びとがくるしみからほんとうに解き放たれる瞬間 というのが
あるのかもしれない

なんてセンスのあることだろう
そういう人 いるな
と思った


せっぱつまったときほど わすれないでいられたら

 

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このあいだの海底火山噴火から 自分の中の何かがひっくり返るような気づきがあったのだけれど 誰もそんなじゃないみたいだから 黙ってる もしかしたら同じように黙ってる人いるのかもしれないけど 今までのように生活してゆくしかないけど 今までとは何を見ても聞いても違うことを思う
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